ミッドライフクライシスが与えてくれたもの

 

こんにちは^^ 木村です。

 

ハイティーンの息子が留学先のオーストラリアへ旅立ってから一週間。

今のところほぼ毎日、LINEのビデオ通話で連絡を取り合っています。

新天地での、初めての一人暮らし。

勝手がわからないことだらけ、言葉によるストレスも大きい。

生活に慣れ、コミュニティに馴染むまでは、色々と苦労が多いよね…

わたし自身、学生時代に単身ヨーロッパへ留学していた経験があるので、

息子の今の心境は身に染みてわかります。

 

とは言え、わたしの在欧当時はパソコンもケータイもインターネットもなく、

日本との通信手段はエアメール(懐かしい響き〜)時々ファックス、

という時代。

無料のビデオ電話で毎日のように会話が出来る時代に留学だなんて、

幸せですよね。

 

 

…と、いうわけで、

息子は現在大きなチャレンジの渦中にあるのですが、

わたし自身も

独立・起業という、かつて体験したことのない道のりを歩み始めているところなのです。

 

 

ミッドライフクライシスに呑み込まれた私たち

 

ここに至るまでの2年間は、

夫の失業と大病を皮切りに、平穏だった日常が一変、

連鎖的に次々と押し寄せる苦難に混乱しながら

夫婦そろって内面や生き方の徹底的な修正を促される日々でした。

 

私たち夫婦は、長い間、表向きは平穏だったかもしれません。

でも水面下では、

日々積み重なり膨らんでいくフラストレーションを抱えつつ

なんとか毎日をやり過ごしているような状態だったのです。

だから、今にしてみれば、

大きな変化を強いる一連の出来事は、起こるべくして起こったのだと思います。

 

今までに築いてきた生き方や価値観が根本から崩れ落ちるような中年の危機を

「ミッドライフクライシス」と呼ぶらしいのですが、

私たちが過去2年間に直面したクライシスは、定義通り、

心と体の徹底的な改革を促すものでした。

そして、その過程は大きな苦しみを伴うものでもありました。

 

 

ミッドライフクライシスで明るみに出てきた無意識下の恐怖

 

夫婦は、

それぞれが抱える根深い問題をクリアするため一緒になるのかもしれません。

 

私たちは、傷ついたインナーチャイルドのパターンに囚われたまま、

互いの欲求が満たされないことへの苛立ちが高じて

中年の危機に至ったとも言えるのです。

 

わたしは

寂しさや見捨てられ不安を抱えたまま、

望まれる以上に与え続けることで愛情を得ようと、ひとり勝手に消耗し、

彼は彼で、

子供時代の過干渉とコントロールが再現されつつあることに

恐れと怒りを内攻させながら、壁を築いていたのです。

 

我慢をし、自分を犠牲にしてでも与えなければ、望む愛は得られない…

そう思い込んだまま、

“見返りとしての愛” を期待していたわたし。

一方、

“愛という名の支配関係” に取り込まれることに怖れを抱いていた彼。

 

見捨てられる恐怖と、呑み込まれる恐怖。

二人してこんな恐怖を無意識下に抱えながら、

「パートナーは、自分をわかってくれない!満たしてくれない!」

そんな怒りや諦めと共に生きていたのです。

 

 

ミッドライフクライシスが与えてくれたもの

 

夫婦がそれぞれの課題に逃げずに取り組み、

ネガティブな心のパターンや、自分を支配していた恐怖に気がついて、

相手に求めること、期待することを手放した時、

治癒が起こると同時に、内側から生じてくるのが、

自分への愛と信頼です。

 

心の底から望んでいた愛を与えられるのは、誰でもない自分自身。

自分を癒し、満たすことができるのも、自分自身。

そのことが腑に落ちて来るようになります。

 

自分への愛と信頼が生まれると、

「夫」、「妻」の役割によって互いに縛り合い、

ニーズを満たしてもらおうとしがみつく“共依存” の関係から、

 

自立した個人同士が、お互いに刺激し合いながら創造に向かう、

“相互依存” を目指すようになります。

 

ミッドライフクライシスは、

クライシスである以上、

怒りや絶望、混乱や葛藤に満ちた困難な過程ではあるけれど

乗り越えるだけの価値はありました。

それは

本来の自分を見出し、

魂の望みを生きるための過程でもあったからなのです。

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