チャレンジを積極的に受け入れるには?

こんにちは^^木村です。

 

セッション中、クライアントさんとの対話で印象的だったのが、

今までの人生で最高!と感じた瞬間は

長い間準備してきた試験が終わった時や、出産が終わった瞬間

という言葉。

 

確かに

緊張が一気に弛緩して、楽になる瞬間、

苦しさや痛みから解放される時って、

体から力が抜けて深く安堵する感じとか、恍惚感とか、ありますよね。

 

「大きな目標に向かっているときは、張りがある反面、

ゴールにたどり着くまでは苦しくて。

しんどいのがわかっているんだったら、やらなければいいのに。

でも、なぜかチャレンジせずにはいられないんですよね…」

 

私たちがチャレンジせずにはいられないのは、

チャレンジの先には

この安堵感や恍惚感があると分かっているからなのかな。

神様が鼻の先にぶらさげた人参なのかも。

 

ま、それはともかく、

いくつになっても、どんなステージにいても、

それが大きくても小さくても、

乗り越えなければならない問題、課題、

未知へ不安を乗り越えてチャレンジしなければならない場面は

繰り返しやってきます。

 

人生はたとえ本人が望まなくても常に変化し続けているので

生きること=チャレンジの連続なんでしょうね。

だったら、できるだけ積極的にチャレンジに飛び込めるようになりたいものです。

 

 

チャレンジは不安と希望のせめぎ合いでもあります。

 

希望よりも不安が勝って、現状維持を続けていても、

心は常にモヤモヤぐるぐるしてしまって霧が晴れません。

それはそれでまた苦しい状態です。

心の奥底では「このままでいちゃいけない」ということを

感じているからなのでしょうね。

「一歩踏み出せ!」

という魂からの“圧力”がかかっているからかもしれません(笑)

 

チャレンジに踏み出しても、

チャレンジを避けても、どちらにしても苦しい(苦笑)

でも苦しさの質は全く違っています。

 

チャレンジにくっついてくる苦しさは、産みの苦しみ。

不安をエネルギーに変えながら

自分を信じて根気強くチャレンジし続ける過程は、

苦しいながらも、クリエイティブ。

不安とワクワクが同居する感じです。

 

一方で

チャレンジに踏み出せない苦しさの中に踏みとどまっていると、

自分を責め、批判し続ける自己否定のループにはまってしまう危険性も。

 

だからもしモヤモヤを抱えていたら、

劣等感やら罪悪感やら嫉妬心やらにがっつり囚われてしまう前に

まず自分が自分の味方になってあげること。

自分を責めるのも自分。

自分を受け入れるのも自分。

 

人間、責められるよりも褒められたいですよね。

褒めた方が伸びますよね。

だから、あえて自分の味方になる。

外から自分を眺め、苦しんでいる子どもや友人をすっぽり受け入れるつもりで

ありのままの自分を受容するんです。

 

そうすると、自分で自分を縛っていた思考の緊張が解けて、

いくらか気持ちがラクになってくる。

楽になって、緊張が取れると、

自ずと気分も変わって

たとえ小さくても、ふわりと一歩踏み出せるようになるものです。

 

 

チャレンジのテーマは人それぞれ。

その時々に巡ってきた自分なりのテーマにチャレンジしながら

変化を繰り返し、

自分の枠を広げて、

人や、自然や、大きなものとのつながりを再確認していく作業が

この世界で生きていくことなのかもしれません。

 

 

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