人生に無駄なことなんて何一つない

私は子供の頃から本が手放せませんでした。

 

幼い頃から喘息持ちで、

夜中に呼吸が苦しくなって目を覚ましても、

周りで寝ている両親や弟、誰も私に気づかない。

 

当時は、現在普及しているような携帯吸入薬はまだありませんでした。

 

だから、呼吸困難が酷くて苦しさも限界になった時は、

母親を起こして夜間病院に連れて行ってもらい、

薬の吸入や注射で気管支を広げてもらうしかないのですが、

病院通いが続くと、母を起こすのが申し訳ない気持ちになるんですね。

 

だから、

これくらいの発作なら我慢していれば収まるかな、と思える時は、

一人別室に移動し、

発作が収まるまで座ったまま、

時には明け方まで苦しさを我慢したことも数知れず、でした。

 

そして、そんな時は、絵本を眺めながら気を紛らわせたものでした。

何もせずに、ただ我慢するよりはお供があった方がいい、

孤独を紛らわせたかったのかもしれません。

 

また、母は情緒が不安定な人でしたから、

わかって欲しくて何かを言っても、

その気持ちに冷水をかけるような返事が返ってくることも度々。

だから、小学校の高学年になる頃には、

悩み事があっても誰にも相談せずに心の内に留めて、

一人でなんとか我慢したり、やり過ごしたりするようになっていました。

 

人に頼るよりは、自分でなんとか解決しようとしてしまう

わたしには今でも少なからずそんな傾向がありますね。

 

こんな態度の裏には、

迷惑をかけたくない、

傷つくのが怖い、

という子どもの頃の恐れが残っているのだと思います。

 

最近では出来るだけ意識的に人に頼ろうと心がけていますが、

「依存」せず、「自立」しすぎず、その上で人を頼る

そのバランスはなかなか難しく…

「相互依存」と呼ばれるステージに行きたいものです。

 

本には今でも頼りっぱなし、というか、

お守りのようなものになっています。

 

読む時間などなさそうであっても、

外出する時は2〜3冊バックに入れておかないと気が済まないし、

寝室、リビング、デスク周りには、

いつも何冊もの本が積み重なっています。

 

本を読み、考えて、まとめて、アウトプットしていく

今の起業初期の段階においては、

これらの作業を地道に忍耐強く積み重ねていくことが求められるので、

本の虫で内向的な性格も、メリットになっているようです。

 

 

で、何が言いたいのかというと…

 

苦しかった喘息体験も、母の情緒不安定も、

人を頼れないのも、本の虫なのも、

わたしの“今”を形作るのにちゃんと貢献していて、

すべて必要な筋書きだった、ということなんです。

 

わたしが心と体のつながりや

心のしくみに興味を持ち続けていられるのも

これらすべてがあってなのでしょう。

 

心理学や自己啓発などの本では、よく

 

人生には無駄なことなんて何一つない

起きていることはすべて正しい

苦労は宇宙が与えてくれる学びの機会

 

などと言いますが、

過去の苦しさや痛み、苦労も、

意識や視点を変えていくことで

メリットや強みに変えられるものなんですね。

 

 

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