俯瞰して、ありのままを受け入れると、愛と信頼が生まれる

こんにちは^^ 木村です。

 

嵐が通り過ぎた後は、おだやかで暖かい陽気… いよいよ春到来ですね!

先日、秋に6か月プログラムを卒業したクライアントさんと久しぶりに話をする機会を得て、

その後の彼女の更なる変化に目を見張ったり、嬉しくなったりしているところです。

 

 

虚しさや消耗感じるのは、「愛」と「受容」が欠けているから

 

さて

 

― 仕事をがんばって目標を達成したはずなのに、虚無感を感じてしまう

― どれだけスキルアップをしても満足できず、常に焦りや消耗感がある

― 何をしても、色々やってみても、心から満たされる感じがしない

 

クライアントさん達は、しばしばこんな苦しい胸の内を吐露されます。

わたし自身、長いこと同じような虚しさや消耗感を抱えてきました。

 

こんな苦しさの根源は、

「無条件に愛されたい」「受容されたい」

という本質的な欲求が、

子供時代に十分に満たさなかったことにあるのかもしれません。

 

人は、無条件に愛されること、ありのままを受容されることによって、

自分自身を愛すること、信頼することを学びます。

 

最も深いところにある、愛と受容の欲求が満たされないままだと、

自分への愛と信頼が育まれず、

人に対する愛と信頼も培われず、

何をしても不安ばかりが強く、確信が持てないままになります。

 

自分で自分を満たすことが出来ないので、

あらゆる行為の前提が「人から認められるため」になってしまい、

行為に純粋な喜びや楽しみが感じられなくなって

常に虚しさを抱えるようになるんですね。

 

 

たとえば、

オリンピックに出て金メダルを手にするような選手たち。

彼らは “自分がメダルを取ることで、人々に勇気や希望を与えたい”

というようなことを口にしますよね。

それは要するに、

人から認められても認められなくても、

マスコミに何を言われても、

自分自身に対する愛と信頼があるから、

純粋に自分の行為に情熱と喜び、そして確信を感じているから

道を極め続けていけるのだと思います。

 

 

俯瞰して、ありのままを受け入れると、愛と信頼が生まれる

 

愛と受容への欲求は、私たちの究極的な欲求。

誰しも、心の奥深くに

あらゆる緊張から解放され

無条件の受容の中で、深い安らぎや心地よさを感じたい

そんな欲求を抱いているのだと思います。

そして、私たちの人生は、

ここを満たすというか、ここに還るためにあるのかもしれません。

 

虚無感や消耗感から自分を解放し、究極的な欲求を満たすためには、

自分をもっと深く知ろう、という探究心を持つこと。

恐れずに突き進む意思を持つこと。

その上で

自分の生き方や人生を、あらゆる面から徹底的に俯瞰してみるのです。

食習慣、生活習慣、幼い頃のこと、学校時代のこと…

そして、さらに視点を高くして、

親や祖父母、一族の人生までも客観的に眺めてみる。

 

生き方や人生を俯瞰し続けていくと、

無意識のまま繰り返している行為や習慣、

感じ方の癖や、考え方のパターン

そして、内側に抱えていた怒りや悲しみ、罪悪感や劣等感、無価値感など

自分の無意識に潜む苦しみの根源が、浮かび上がってきます。

自分を苦しめているパターン、

根源的な恐れや不安、欠落感への気づきが起こる

涙とともにカタルシスが起こり、

次第にそれらを手放していけるようになります。

そして

ありのままの自分、自分のすべてを、

自分自身で受容し、慈しむことができるようになるのです。

 

いったん自分への愛と信頼を回復し始めれば、

もう後戻りすることはありません。

それは本来の、あるべき姿だから。

魂が望んでいることだから。

 

自分への愛と信頼を取り戻す作業は、長期戦。

なかなか進展しなかったり、変化が起こっても、揺り戻しがあったり。

でも、自分を深く知ろうという意思があるならば、

必ず答えに導かれるものなのです。

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